「花徑」という名前は、遠戚にあたる徳永夏川女という人の句集の題名からもらいました(昭和34年発行)。 "はなこみち"というこの句集の黒い背表紙にある、旧字を使った明朝体の文字が好きでした。旧三鷹店の前を流れる太宰で有名な玉川上水は、四季を通じて草木の花が咲き、まさに花のこみちという感じでした。
●徳永夏川女句集「花徑」より螢みな放つ或る夜の心かな
經机風鈴に人無かりけり
秋雨や母家の暗さにある持佛
青虫を喰ひし蜥蜴の舌なりけり
胡瓜噛むや今日使ひそめ玻璃の皿
旧 三鷹店
詩人の高橋睦郎さんの「賚(たまもの)」という句集に花徑を詠んで下さった句がはいっています。題簽は白洲正子さんの字の美しい装丁の句集です。(平成14年 星谷書屋発行)
古美術花徑開店、として上水の春を隣や道具みせ
開店ほどなくいらして下さった後に頂いたお葉書にはもう一句ありました。
春そこに和蘭陀盃の花こまか
ブルーの花模様の盃を買って下さったのです。
"花徑"という言葉は中国唐時代の詩聖、杜甫の詩の中にも出てきます。四川省成都市にある杜甫の草堂の前には、美しいカーブを描いた道が作られていて"花徑(ホアジン)"と名づけられ、扁額もあるそうです。
夜宴左氏莊(夜 左氏の荘に宴す)
風林繊月落 風林 繊月落ち
衣露浄琴張 衣露 浄琴張らる
暗水流花徑 暗水は花徑に流れ
春星帯草堂 春星は草堂を帯ぶ
檢書燒燭短 書を検して燭を焼くこと短かく
看劍引盃長 剣を看て杯を引くこと長し
詩罷聞呉詠 詩罷んで呉詠を聞く
扁舟意不忘 扁舟 意に忘れず
風のわたる林に、糸のような月が落ち、衣に露を宿しながら、清らかな琴に弦を張る。暗がりの中をゆく水は、花咲くこみちを流れゆき、あわくまたたく春の星が草堂の上にひろがっている。書物を調べるほどに蝋燭は燃えて短くなり、また剣を愛でつついつまでも杯を引く。座客の一人が詩を作り終わって呉の歌に詠ずるのを聞けば、小舟に乗ってその地をさすらったころのことが心に忘れられず思い出す。